ピタゴラスの定理(ピタゴラスのていり)は、直角三角形の3辺の長さの関係を表す等式である。三平方の定理(さんへいほうのていり)、勾股弦の定理(こうこげんのていり)とも呼ばれる。[1]
概要[]
平面幾何学において直角三角形の斜辺の長さを c、他の2辺の長さを a, b とすると、
- a2 + b2 = c2
が成り立つという定理である[2][3][4]。
ピタゴラスの定理によって、直角三角形をなす3辺の内、2辺の長さを知ることができれば、残りの1辺の長さを知ることができる。例えば、直交座標系において原点と任意の点を結ぶ線分の長さは、ピタゴラスの定理に従って、その点の座標成分を2乗したものの総和として表すことができる[注 1]。これは、2次元の座標系に限らず、3次元の系やより大きな次元の系についても成り立つ。この事実から、ピタゴラスの定理を用いて任意の2点の間の距離を測ることができる。このようにして導入される距離はユークリッド距離と呼ばれる。
「ピタゴラスが直角二等辺三角形のタイルが敷き詰められた床を見ていて、この定理を思いついた」など幾つかの逸話が知られているものの、この定理はピタゴラスが発見したかどうかは分からない。バビロニア数学のプリンプトン322や古代エジプト[5]などでもピタゴラス数については知られていたが、彼らが定理を発見していたかどうかは定かではない。
中国古代の数学書『九章算術』や『周髀算経』でもこの定理が取り上げられている。中国ではこの定理を勾股定理、商高定理等と呼び、日本の和算でも中国での名称を用いて鉤股弦の法(こうこげんのほう)等と呼んだ[6]。三平方の定理という名称は、敵性語が禁じられていた第二次世界大戦中に文部省の図書監修官であった塩野直道の依頼を受けて、数学者末綱恕一が命名したものである[7]。
ピタゴラス数[]
a2 + b2 = c2 を満たす自然数の組 (a, b, c) をピタゴラス数またはピタゴラスの三つ組数 (Pythagorean triple) という。特に、a, b, c が互いに素であるピタゴラス数 (a, b, c) を原始的 (primitive) あるいは素 (prime) であるといい、そのようなピタゴラス数は原始ピタゴラス数 (primitive Pythagorean triple) などと呼ばれる。全てのピタゴラス数は、原始ピタゴラス数の正の整数倍により得られる。
ピタゴラス数 (a, b, c) が原始的であるためには、3つのうち2つが互いに素であることが必要十分である。
ピタゴラス数の性質[]
自然数の組 (a, b, c) が原始ピタゴラス数であるためには、ある自然数 m, n が
- m と n は互いに素
- m > n
- m − n は奇数
を満たすとして、
- (a, b, c) = (m2 − n2, 2mn, m2 + n2) or (2mn, m2 − n2, m2 + n2)
であることが必要十分である。上記の (m, n) は無数に存在し、2mn は重複しないから、原始ピタゴラス数は無数に存在する。これにより、すべての原始ピタゴラス数を重複なく見つけ出すことができる。
例えば
- (m, n) = (2, 1) のとき (a, b, c) = (3, 4, 5)
- (m, n) = (3, 2) のとき (a, b, c) = (5, 12, 13)
- (m, n) = (4, 1) のとき (a, b, c) = (8, 15, 17)
である。
原始ピタゴラス数 (a, b, c) について、次のような性質も成り立つ。
- a または b は 4 の倍数
- a または b は 3 の倍数
- a または b または c は 5 の倍数
また、一般のピタゴラス数 (a, b, c) に対して、S = 1/2ab(直角三角形の面積)は平方数でない。
Jesmanowicz 予想[]
1956年に Jesmanowicz が以下の予想を提出した。
(a, b, c) を原始ピタゴラス数、n を自然数とする。x, y, z が
で自然数解を持つには、
であることが必要である。
一般化[]
角の一般化[]
- 主要記事: 余弦定理
第二余弦定理
- c2 = a2 + b2 − 2ab cos C
はピタゴラスの定理を C = π/2 = 90° → cos C = 0 の場合として含む。
つまり、第二余弦定理はピタゴラスの定理を一般の角度について拡張した定理になっている。
指数の一般化[]
- 主要記事: フェルマーの最終定理
指数の 2 の部分を一般化すると
- an + bn = cn
となる。n = 2 の場合は自明でない(つまり a, b, c のいずれも 0 でない)整数解は実質原始ピタゴラス数であり、無数に存在するが、n ≥ 3 の場合には自明でない整数解は存在しない(詳細はフェルマーの最終定理を参照)。
次元の一般化[]
3次元空間内に平面があるとき、その閉領域 S の面積は、yz 平面、zx 平面、xy 平面への射影の面積 Sx, Sy, Sz を用いて
と表される。これは高次元へ一般化できる。
ピタゴラスの定理の証明[]
この定理には数百通りもの異なる証明が知られている。ここにいくつかの代表的な証明を挙げる。
以下では頂点 A, B, C からなる三角形を △ABC と表す。また、各辺 AB, BC, CA に向かい合う角をそれぞれ ∠C, ∠A, ∠B と表し、各頂点 A, B, C の対辺 BC, CA, AB の長さをそれぞれ a, b, c と表す。
頂点の記号は直角三角形 △ABC の直角が ∠C になるように与える。
相似による証明[]
頂点 C から斜辺 AB に下ろした垂線の足を H とする。△ABC, △ACH, △CBH は互いに相似である。よって △ABC と △ACH の相似比より
であり同様に △ABC と △CBH の相似比より
である。したがって
であるから、両辺に を掛けて
を得る。
正方形を用いた証明[]
△ABC と合同な4個の三角形を図のように並べると、外側に一辺が a + b の正方形(以下「大正方形」)が、内側に一辺が c の正方形(以下「小正方形」)ができる。
- (大正方形の面積)=(小正方形の面積)+(直角三角形の面積)× 4
である。大正方形の面積は (a + b)2, 小正方形の面積は c2, 直角三角形4個の面積の合計は
である。これらを代入すると、
整理して
を得る。
内接円を用いた証明[]
△ABC の面積 S は
また △ABC の内接円の半径を r とすると
であり、(2) を半径 r について解くと
となる。三角形の面積 S を内接円の半径 r を用いて表すと
となる。(4)に (1), (3) を代入すると
(5) を整理すると
が得られる。
オイラーの公式を用いた証明[]
三角関数と指数関数は冪級数によって定義されているものとする。(指数法則やオイラーの公式の証明に本定理が使用されない定義であればよい。)まず sin2 θ + cos2 θ = 1 が任意の複素数 θ に対して成り立つことを(3通りの方法で)示す。
オイラーの公式より
または
もしくは、オイラーの公式から三角関数の半角の公式を導出する。
[8][9][10]|1}}
(1) の式はピタゴラスの基本三角関数公式 (Fundamental Pythagorean trigonometric identity) と呼ばれている[11]。
(1) の時点ですでに単位円上において本定理の成立が明らかである。なぜならば、本定理の逆は本定理を用いずに証明可能であるし、単位円上の任意の点の座標は (cosθ, sinθ) で表せるからである[12]。
さて、前提とした △ABC について考え、∠A = θ とおけば
したがって
(2), (3) より
(1), (4) より
が得られる[9][13]。
三角関数の微分公式を用いた証明[]
正弦および余弦関数を微分すれば
(1), (2) および微分公式より
したがって
ここで C は定数である。θ = 0 を代入すると sin 0 = 0, cos 0 = 1 であるので、C = 1 が得られる。よって
が得られる[10]。
ここで、前提とした △ABC について考え、∠A = θ とおいて、(3) および、三角関数と直角三角形の関係を考慮すれば
が得られる。
三角関数の加法定理を用いた証明[]
三角関数は級数など(幾何以外の原理)によって定義されているものとし、オイラーの公式など(証明に本定理を使用しない方法)によって導出された三角関数の加法定理を用いれば
または
が得られる[14][15]。
また、加法定理を応用した三角関数の積和公式を用いて
したがって
が得られる。
両辺に c 2 を乗算して
ここで、前提とした △ABC について考え、∠A = θ とおいて、三角関数と直角三角形の関係を考慮すれば
よって
が得られる[14]。
冪級数展開を用いた証明[]
三角関数は級数によって定義されているものとし、cosθ と sinθ の自乗をそれぞれ計算すると
となる[注 2]。ここで二項定理より
である。したがって
が得られる。
ここで、前提とした △ABC について考え、∠A = θ とおいて、三角関数と直角三角形の関係を考慮し、各辺の比を考えれば
であるから
が得られる[16]。
回転行列を用いた証明[]
平面の原点を中心とする角 θ の回転は
で表される。
R (θ) R (-θ) = I2 (単位行列)であるが[17]、この式の左辺を直接計算すると
となる[18]。したがって
が得られる[19]。
ここで、前提とした △ABC について考え、∠A = θ とおいて、三角関数と直角三角形の関係を考慮すれば、正弦定理より
であるから
が得られる。
三角関数と双曲線関数を用いた証明[]
任意の z ∈ C に対し
である[20][21]。よって任意の θ ∈ C に対して
が成り立つ。
ここで、前提とした △ABC について考え、∠A = θ とおいて、三角関数と直角三角形の関係を考慮すれば、連比関係より
であるから
が得られる。
ピタゴラスの定理の逆の証明[]
ピタゴラスの定理の逆とは、△ABC に対して
が成立すれば、△ABC は ∠C = π/2 の直角三角形であるというものである。以下に証明を示す。
ピタゴラスの定理に依存しない証明[]
a 2 + b 2 = c 2 を満たす △ABC において、線分 AB を b 2 : a 2 の比に内分する点を D とすると
である。これより、△ABC と △ACD において
であるから
が成り立つ。ここで
であるから、2辺比夾角相等より
が成り立つ。したがって
である。
同様に △ABC と △CBD において
であるから
が成り立つ。ここで
であるから、2辺比夾角相等より
が成り立つ。したがって
である。ここで
であるから
である。したがって
である[12]。ゆえに、△ABC は ∠C = π/2 の直角三角形である。
同一法を用いた証明[]
B'C' = a, A'C' = b,∠C' = π/2 である直角三角形 A'B'C' において、A'B' = c' とすれば、ピタゴラスの定理より
が成り立つ。
一方、仮定から △ABC において
が成り立っている。(1)、(2) より
c > 0, c' > 0 より
したがって、3辺相等から
よって、∠C = ∠C' = π/2 である[12]。
ゆえに、△ABC は ∠C = π/2 の直角三角形である。
対偶を用いた証明[]
△ABC において ∠C ≠ π/2 であると仮定する。頂点 A から直線 BC に下した垂線の足を D とし、AD = h, CD = d とする。
∠C < π/2 の場合、直角三角形 ABD においてピタゴラスの定理より
であり、同様に直角三角形 ACD では
である。よって
となる。
∠C > π/2 の場合も同様に考えて
ゆえに
となる。
よっていずれの場合も
である。対偶を取って、a 2 + b 2 = c 2 ならば ∠C = π/2 である。
なお、この証明から分かるように、
- ∠C < π/2 ⇔ a 2 + b 2 > c 2
- ∠C = π/2 ⇔ a 2 + b 2 = c 2
- ∠C > π/2 ⇔ a 2 + b 2 < c 2
という対応がある。
余弦定理を用いた証明[]
ピタゴラスの定理は既に証明されているとする。△ABC において、a = BC, b = CA, c = AB, C = ∠ACB とおくと、余弦定理より
である。仮定より
であるから
である。三角形の内角の和は π であるから、0 < C < π である。
したがって
である。ゆえに、△ABC は ∠C = π/2 の直角三角形である。
ベクトルを用いた証明[]
ピタゴラスの定理は既に証明されているとする。△ABC において
であり
である。
ここで
である。したがって
である。よって
である。ゆえに、ピタゴラスの定理の逆が証明された。
脚注[]
注釈[]
- ↑ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%BF%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%AE%9A%E7%90%86
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- ↑ コラム ピタゴラスの定理 江戸の数学 国立国会図書館
- ↑ 「ピタゴラスの定理」を「三平方の定理」という由来は? 道新ぶんぶんクラブ(北海道新聞社)
- ↑ 引用エラー: 無効な
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- ↑ 9.0 9.1 引用エラー: 無効な
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- ↑ 10.0 10.1 引用エラー: 無効な
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- ↑ 2次元の座標系を例に取ると、ある点 P の x 軸成分を x, y 軸成分を y とすると、原点から P = (x, y) までの距離は √x2 + y2 と表すことができる。ここで √ は平方根を表す。
- ↑ 級数の収束半径は ∞ であるからこれは任意の複素数 θ に対して成り立つ
出典[]
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参考文献[]
関連項目[]
- 計量テンソル
- ピタゴラス数
- プリンプトン322
- ユークリッド原論
外部リンク[]